2018/04/01

終わった恋の隠し場所 ~ユリアと私の黄金期~





ユリアとは大学のときのバイトで知り合った。

横浜にある、200年後をイメージした内装のレストラン&バーで。

私たちはともに『スター・ウォーズ』に出てくるキャラみたいな格好をしていた。

店の雰囲気は『コヨーテ・アグリー』さながら。とにかく女の子のノリがいい。悪くいえば、みんなチャラい。でも中身が本当にチャラいわけじゃない。互いにそれは分かっていた。

何度思い出しても笑える。私たちの楽しい思い出。

そんな宇宙人みたいな格好で店の中をうろうろしているだけで、時給1200円ももらっていたのだから。

そのレストラン&バーでは、二人とも1年近く働いた。

ユリアとはその後も関内の居酒屋やパチスロ店で一緒に働いた。

バイト探しならタウンワーク!ではなく、私にとってバイト探しならユリアとお茶!という感じだった。

彼女が面白いバイトを見つけてきてくれる。

彼女の人脈はすごい。どのバイトも彼女の友達の紹介で簡単にはじめることができた。

いちおう形式としてどの職場でも履歴書を提出するんだけど、私たちが出したものは名前と住所とケータイ番号だけをほとんど殴り書きしたような、雇用者側からしたら目を疑うような代物だったはずだ。




バイトだけじゃない。ユリアは恋も見つけてきてくれた。

彼女からいったい何人紹介されただろう?

もちろん中にはハズレ、大ハズレの場合もあったけど。でもどの人も悪い人じゃなかった。

今ではスマホのアプリで簡単に恋人探しができるけど、私が大学生のときはまだそんな便利で面白いアプリはなかった。

あったらきっとうまく使っていただろう。

楽しんでいただろう。

なぜって、私たちは新しいものが大好きだったから。

でもそうしたアプリがなくても、あれだけ学生時代を楽しむことができたのは、ユリアという相棒がいたからだ。

他にも友達はいたけど、ユリアほどじゃない。

彼女ほど行動力のある子はいなかったし、

彼女ほど賢い子もいなかったし、

彼女ほど解り合える子もいなかった。

しかも、しかもだ。ユリアと私を結びつけていたものは、なんと読書だった。

読書と聞いて、人は私たちにどんなイメージを持つだろう?




どんなイメージを持たれたっていい。かまうもんか。

とにかく私たちの共通の趣味は読書だった。

いや、趣味なんてものじゃない。趣味のレベルを超えている。

なぜならユリアが読みたいと思う物語を、私が書いていたから。

私は今このブログを書いているように、毎日少しずつ物語を綴っていた。

それはユリアに宛てた長い手紙のようでもあった(実際それははじめのうちは手紙だった。渡すたびに、だんだん小説のように長編化していったのだ)。

ユリアはそれを読むのをいつも楽しみにしていた。

私も彼女が感想を述べるのをいつも楽しみにしていた。

彼女は気に入らない箇所があると、赤線を引いて私に書き直すように促した。

また非常に気に入った箇所があると、文頭にはなまるを書いて私に示した。

まるで先生みたいに。

それは趣味ではない、仕事でもない、いわば私たちの関係そのものだった。

物語には私たちの少し未来が書かれていた。

すぐに追いつき、追い越す未来が。

でも大学を出て、二人とも会社勤めするようになってからは、物語のほうが追いつかなくなった。

私は物語を書かなくなった。

何も語らなくなった。

ユリアと会わなくなった。

私たちはいつから、物語なしでは会えなくなってしまったのだろう?

それは目の前の現実のせいだった。現実という枠のせい。

私たちは四角い現実を生きるために、輝かしい自分たちの物語に背を向けて歩き出したのだ。

私は自分のための物語をすぐに描き出した。ひどく単調で、静かな物語。

でもユリアはちがう。彼女は自分の物語をうまく描くことができなかった。

なぜなら彼女は常に読み手だったから。

私が描く物語の、熱烈な読者だったから。

(私が描く物語なしで、いったい彼女はどうやってうまく生きていけただろう?)







こうしてブログという場を借りて個人的なことを書いていると、私が独身で恋人もいないことがバレバレですね。

コメントで「大丈夫ですか」みたいなことを心配されて言われることがありますが、私は、だ、大丈夫です。

本文中でも触れましたが、恋人探しができるアプリがあるのを最近知りました。こちらの記事がよくまとまっているので、興味のある方はぜひチェックしてみて下さい。

『タップル誕生の登録方法』

1話完結の話を書くのはなかなかむずかしいです。今回の場面だけで、私としては1本の映画ができるくらいのシーンの深さと量があります。

とくに私が物語を書き、それをユリアが読む、そしてその物語通り私たちが生きていく、というシーンはなかなか絵になると思います。

でもそういうのは、自分の頭の中で映像化したからうまくいっただけで、実際俳優に演じさせたら、「いや、こんなふうじゃない」となってしまうにちがいありません。

深く読み込んだ小説が映画化されてしまったときに感じる違和感、ないし拒絶感。私も何度も味わっています。

ユリアとの黄金期の思い出は、贅沢な記憶として自分の中で大切に保管しておくことにします。


前回に戻る:『終わった恋の隠し場所 ~恋愛ではない何か~』





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